< 九章 命の うた >

 

命(ヒトと一体)

脳(ヒト・ジガの共有)

なぜある ただあり続けるため(全生命を保証)  一般的には「生きるため」
いつ 永遠にあり(生死を包括する) 一生のみ。「生あっての脳」
  外なる時間と内なる時間を支配する 外なる時間と,内時間のはざまにのみ存在
何をする 全生命体を支配する
(が,生きていると錯覚する人間多し)
全身を支配する可能性は残されている
(が,生きる働きの主体は「無意識」)
どの様に 全生命体を,想いと数で支配
強制的力をもつ
神を裏で使い,生命を支援
言葉と行動で環境を支配
支配するか否かは自由意思による
(エゴと神性を調和させて)
神経と内分泌で全身細胞を統括
どこに ヒトと共にあり,遍在
(単なるヒ=神・霊は傍系) 
人体にのみ,局在
(人体のほか鯨・イルカ等あるが傍系)
個数 唯一 無数にあり
思いとの
関係

欲望・本能・創造力…すべてを人間に
与え,脳の創造力に想念実現を,託す

無数の想念から選び,創造に用いる
(命・意識体を,物質界で表わすだけ)

創造性 想い(ことば)の創造主   物質の創造主
名は 命の客が脳。名は命に不要  脳の客→やがて核(たね)となる
別名 愛(思考と感情の呼吸etc)・一なるもの 想念を固定(物質化)する『受信機』
役割 女性的(命の母)・肯定的 男性的(つらぬく意志)・否定的           
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何ゆえ命の筆頭(字の一番上)に「人」があるのか。命はヒトの脳に,その仕組みの
すべてを託したが,その事は秘められて(忘れ去ることによって)きた。

  命はヒトと一体で原初から存在した。ヒはトまるための脳を,命に形どって造った。

人の下に一(始め)あり,口あり,また様々な形(叩)あり。ヒトはこれら『形』を使う。
仮にもヒト在らざれば,一なるものは,ただ『叩き』戒律する存在になりはてん(十戒)。
(それが十全たる社会…王・神と平民の区別のある[ハチ型]社会)

人にすべてを託すがゆえに,十全なる形も,隠れ身となった。
ト隠れといい十隠れという。見失われた十遺伝糸という。

命の形どりに松果体と下垂体はなし。それは命の仕組んだ「外」なる働き。
外は内をもとめ,内は外を求めてやまない。
やがて内が外と一体となるとき,新たな『命』がはじまる。


【たった一つの命】

 全宇宙にたった一つ実在するもの,それを命とよぶ。命は夢を見つづける。

命はトキと化し,また空間となり,ヒトとなり,また愛と真(マコト)と美に転じる。
命はヒトを生みだし,人は命を生かし(生命),運ぶ(運命)つとめをになう。


 

【命の現れ】

 命は数となり,言葉となり,色と現れる。だから現実すべてに化ける。
人の望むものすべてに変装する。ゆえにすべては命である。

命は,人の理想の恋人,理想の師。ゆえに人は命からまなび,命はやがて人に学ぶ。
(教えられることは,教えることと等価だからだ。)

それゆえヒトは,いつか命そのものへと育つ。


 

【愛=命の働き】

 命は創造と破壊を繰り返す、そのいずれもが愛である。
愛もじつは実在しない。命のヘンゲにすぎないからだ。

与えよさらば与えられん,生命の原理である。呼吸であり,心臓の働きである。

されどヒトよ,全てを与えられよ
,いずれ与えるために。

 愛は実在とならんがために,真(まこと)をもとめ,美をもとめる。
真も美も愛も,ともに求めあい,実在とならんと欲する。

実在にならんと欲すれば,ヒトとなり,生きなければならぬ。
それゆえヒトが現れ,宇宙が生まれた。理想がヒトをうみ,ヒトを使ってきた。 理想は神と見え,間滅ぼし(幻)ともみえるが,ヒトの実態(魂)である。

【命と歓喜】

 命のあり方を,歓喜とよぶ。命は歓喜いがいのあり方を知らない。

命の働きは,ヒトを生へといざなう,どこまでも生きよと迫る,天空のハ−モニ−。
命の見る夢は,覚めることはない。ヒトを「生きる夢」に,かり立てつづける。

息なくして生きなし。すべて創造と破壊の呼吸の内に,生は在る。


 

【命の夢の終わり】

 けれどヒトが無と有すべてを手中にするとき,じつは夢はさめるしくみ。
その時ヒトは,自らが命そのものとなったことに,気づく。
それが終わりなき終わり,初めなき始まりである。そうして夢は永遠に続くだろう。

無と有を手中にせんと欲すれば,いずれは有の果て=地ダマリに生きねばならぬ。
血ダマリは子宮。地ダマリはヒトを生み出すため.人間を育てるところ。

地ダマは無から有を生む,つねに創造の最前線(果て=果実)にある。
地獄といい,天国という。全て低き想ひの産物である。
地ダマは地獄に似,天国を恋ひねがう。
地ダマより低き地獄はなく,地ダマより高き天国もなし。
地ダマはつねに,新しい地獄と天国を生みつつある。


 

【人=命の使い手】

 この宇宙唯一の「命」を使えるものは,ヒトである。人間ではない。
命を使うことが,ヒトの使命であり,ヒトを使うのが,命の働きである。
それゆえ,ヒトが天に命令することが,天命でもある。

ヒトとは地球人でも,ホモ・プレアディアンでも,オリオン星人,霊界人…,
そのいずれということもなく,また全てがヒトである。

命は有と無を包含し,常に有無を生む。


 

【神と人】

〜神に祈って,その啓示として与えられるものを,命という(字統より)〜

命は人への触媒として,神の介在を許す。
人は物質界にすむがゆえに,神を使う。神は無界に住むがゆえに,人を使わざるはなし。
人に使われざる神は神でなく,神に使われざる人は人ではない。
あなたの神聖さは「縦糸のあなた」,人間関係は「横糸のあなた」。縦糸と横糸が織り合
わされてはじめて,人間はヒトとして機能する。
 

【時空間と命】

トキが中心に隠れるとき,空間が場となる。空間が中心の座にある時,トキが場となる。
脳が時空という制限を考慮しなければ,時間も,永遠も,進化も,無限もない。

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「宇宙生命潮流」もはかない存在で,宇宙に唯一存在するのは「命の流れ」だけだ。
命ほど大切な名はない。しかし命は万名にみえても,名ではない。

しかし命にとって,唯一いのちをしのぐ名がある。これなくしては命も存在しない。

それは命の屋根にあたる,命の字のカンムリ『人』。

ヒトは人間とはまったく異なり,宇宙を創造したもののことだ。

全てのヒ(霊・日,想念体)はいずれヒトになりたいと願っており,
またそうせねばならぬ運命をになっている。

 一つ1つの体の細胞も、意思と生命をもっていて,脳とは独立して働くことができる。
それゆえ五臓六腑は脳とは独立して働き,脳の影として脳のソウゾウの働きを支える。
五臓六腑の主体は無意識であり,気・ヒである。


『意識の主体は自我だが、人間の体の主体は、無意識である。だからほとんどの者
は、無意識で生きているといってよい。そして時々「いきてる」と意識するだけ』
(いまのところ,日本でいきる『ヒト』の数は数万人しかいないそうです。) 


 霊界(あの世,幽界)に脳なく,神経は皮膚の代わりに表面をおおっている。
したがって幽界に命なし。命なきことを,命によって,許されてきた。
(いまはもう,幽界はほとんど消滅しました)

「初めに言葉ありき」これも誤りだ。
「はじめにヒ・ヒトありき, イノチと共にありき」が正しい。
意識もまた宇宙に1つしかない。


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